dimanche 1 octobre 2017

僕たちのエシャッペ・ベル


フランス、エーグベル、2017824日。 
本番前日、ゼッケン受け取りの日。その日、私は紗衣さんに初めて会った。 

紗衣さんは数年前よりグルノーブルに住んでおり、近隣の山々を走っている女性だ。私たちが MtSNを通じて発表した企画に応募してくれた。 « エシャッペ・ベル » 走行距離144km、高低 11100mのランに私とペアを組んで走ってくれるというものだ。非常に過酷なコースで有名なベ ルドンヌの山岳地帯を駆け抜ける特別なレースだ。 何通かのメールのやり取りがあった以外、お互いを知らない。とにもかくにも、一緒に走ったこ となど全くない二人だ。とんでもなく無謀な企画のような気もするが、実際の二人の心には一抹 の不安もなく、むしろその体験自体を楽しみにするばかりであった。
恒例の必携品検査を済ませ、ゼッケンをつけ、エグベルのカフェのテラス席でゆっくりとお喋り をして過ごす。望月省吾さんのチームがすぐ近くに座っている。良い感じだ、気持ちがどんどん 盛り上がる。エシャッペ・ベルは始まったのだ。陽も傾き、戦いの前のひとときの休息を得る時がきた。今日の夜は格別短い。そして数時間後に は、目を覚ます間も無くスタート地点であるヴィジルに向かって出発しなければならないのだ。 紗衣さんはキャンプ場で、僕はランナーのために用意された体育館で眠りにつくことにする。滞 りのない完璧な段取りのお陰でリラックスした雰囲気の中で全てが進む。 午前3時、バスに乗り込む。ランナーたちはすでに用意万端だ。
日本から私が持ってきた「カステ ラ」を紗衣さんと分け朝食の代わりにする。1時間バスに揺られるとついにそこはスタート地点で ある。 何ヶ月にもわたり、ここに来られるかどうかもわからぬ状況の中で僕はこの瞬間を待ち続けてい た。そしてついに紗衣さんと並びこのスタートラインに立つことができた。ヴィジルからエグベ ルに辿り着くには54時間かかる。そう聞くとそんなにかかるのかと驚くかもしれないが、課され たコースの厳しさを考えれば全くそんなことはない。2日目の夜になる前にエグベルまで走りきる ことを目指そう、と二人で確認した。つまり38時間以内で辿り着くのだ。 雰囲気は最高潮に達し、ランナーたちは不可能とも思える挑戦に立ち向かう覚悟でそこにいた。 「エシャッペ・ベル完走」という同じ目標に向かって。 
スタートの号砲が鳴ると、紗衣さんは待ちきれなかったというように精力的に私の前をぐんぐん と進んでいった。これならいけると私は非常に安心した。少しずつ陽が暮れて、ヘッドライトの 列がコースを進んでいく。暑くも寒くもない気温である。良いスタートだ。 しかしながら、それから間も無くすると一抹の不安が私の頭をよぎり始めた。自分のことは自分 が一番わかっている。走りに身体が乗りきるまでにはいつも少し時間がかかるとは言え、今回は なかなか乗りきれない。乗りきれないどころか全く感覚が掴めない。しかし「エシャッペ・ベ ル」ではウォーミングアップなどとゆっくりしたことは言ってはいられないのだ。すぐに厳しい 高低差が待ち受けている。のっけから100%での参戦が求められるのだ。ところが自分ときたら身 体のレスポンスはゼロに近い。足も動かない。私の体を支えるのに精一杯で何の力も感じられな い。ポールを取り出し負担を最小限に抑える。まだスタートしたばかりで力を使い切るわけには いかない。 
紗衣さんは僕が立ち止まる度に優しく待ってくれていた。試走した経験から、厳しいのはこれよ り先だと教えてくれる。それは疑問の余地もない。一時間毎にジェルを喉に流し込んだが、次の 補給までギリギリ持つか持たないかだ。 
最初のエイドポイントR1、アーセルのスキー場に着く頃には私はもう疲れ切っていた。この状態 でこの後に控える過酷なコースをどうやったら乗り切ることができるのか、自問自答していた。 紗衣さんは引き続き私の前を余裕を持って力強く走っていた。残念ながら自分とは対照的であっ た。とにかくやるしかない、私は自分に言い聞かせていた。力を補えそうなものはないか自分の 周りを必死に見回してみる。景色は想像を裏切らず壮麗である。この大会はその名声を得ただけ のことはある。母国の美しさを改めて目の当たりにした。凛として美しい。 
二つ目のエイドポイントR2、ラ・プラにある避難所に着く頃には私は少し力を取り戻している気 がしていた。歩幅も広がり、希望の光を見出していた。が残念ながら、それは長くは続かない灯 であった。口にできるものはできる限り口にしたがどうすることもできない。 
クロワドベルドンヌの登りは長い苦しい時間となった。前へ進むことができない。いたるところ で立ち止まり、他のランナーたちに次々と抜かれていく。そして時間ばかりが過ぎていく。ブラ ン湖にやっとの思いで辿り着く。 
9時間経ったところで3つ目のエイドポイントR3、ジャン・コレットの避難所に到着。たった38 mしか進めていない。制限時間までの猶予は3時間に迫っていた。悪夢だった。本当は自分の中で はすでに気持ちは決まっていた。紗衣さんにはまだ何も伝えていない。もう気づいていてくれて いるのかもしれない。あんなに心待ちにした「エシャッペ・ベル」はこんなにもあっけなく終わ ろうとしているのか。今決断しなければペアでのR4への制限時間内通過はまず無理だろう。紗衣 さんに後を託せば彼女にはソロで走りきれる可能性が残っている。スタートからここまで余裕の 走りを見せているし、まだまだエネルギーが有り余っている。彼女は大丈夫、完走できるだろ う、そう僕は確信していた。
力尽きて戦線離脱、落胆は言葉にできない。簡単には立ち直れそうにない。せっかくこの大舞台 に参加しながら、スタートからずっと全く思うように楽しめなかったという思いが私を苛む。何 か問題があったことは確かだった。 紗衣さんにリタイアを告げ、大会本部に彼女がソロで走り続けるための許可を得る。ただここま でで彼女はかなりタイムを落としている。その時間をここから取り戻さなければならない。パー トナーが改めて走り出すのを僕は見つめていた。ここに来るためのトレーニング、努力何とい う絶望だろう。彼女と一緒に走り続けたい、この素晴らしい景色の中で思い切り走りたい、でも それはどう願っても叶わない。私は全身を襲う寒さに震え、うとうとし始めていた。 ボランティアの方々は楽しい雰囲気で私を迎え、落ち込む私を支えてくれた。別のランナーが転 倒時に肩を脱臼、リタイアし運ばれてくる。
それに比べれば自分の痛みは大したことではないと 気持ちを持ち直した。数時間避難所で休み、収容車に乗り込みエグベルの体育館まで下山した。 すでに数十人がリタイアしていた。 ライブトライルで紗衣さんのポジションを確認するも、エラーが出て追うことができない。が、 彼女は続けているに違いない。心配には及ばない。夜が明け始め、トップのランナーをゴールで 迎える準備が始まる。夜中にランナーを苦しめた大雨も上がり良い天気だ。少しずつ雰囲気が盛 り上がる。感動のシーンまであと少し、僕は、望月省吾さん、ナユエル・パスラなどのゴールの 瞬間をシルヴァンクールの丘の上の特等席から眺めることができる。大会最大のクライマックス だ。

こんな風に「僕のエシャッペ・ベル」は終わる。3つのレースのランナーたちが入り混じってゴー ルする様子を眺めながら。長いコースをついに走り終えて感動に咽ぶランナーもいる。私の落胆 とまさに対照的であった。辛い、悔しい、でもそれがトレイルレースの常なのだ。 でもまだまったく何もかもが終わってしまったわけではない。紗衣さんがまだ走り続けているこ とが確認できた。やはり彼女は全身からみなぎるエネルギーでレースを続けていた。 
素晴らしい晴天の一日だった。この祭典の雰囲気が大好きだ。2晩が過ぎ紗衣さんはもう38時間 走っていることになる。アレクサンドラ・ルーセットが女性のトップで帰ってきた。ということ はパートナーが帰ってくるのはあとどのくらい後だろうと思いを巡らす。 午前4時を少し過ぎた頃、彼女の姿が現れた。ゴールまで後400メートル、勝利の鐘を鳴らすまで に残された距離だ。ついにこの「エシャッペ・ベル」のフィニッシャーだ。何もかも忘れて彼女 の成功に歓喜した。紗衣さんは女子8位という成績でゴールした。最終制限時間に8時間もの余裕 を持ってのゴール、僕たちがとった遅れを見事に取り返す完璧な勝利だ。 ほっと胸を撫で下ろし、そしてついに幸せな気持ちでこのレースを終わらせることができたの だった。 
随分と話が長くなってしまいました。ここからは紗衣さんにレースを語ってもらいましょう。

⽇本に住むフランス⼈と、フランスに住む⽇本⼈のペアなんて、なんだか⾯⽩い! と思って、MtSNの企画に応募たんですが、実際、私たちは、本番前に⼀緒に⾛る機会が⼀度もなかったし、レー スに対する思いを⼗分に話しあったりもしていませんでした。 
レースの前半、同じリズムで横に並んで、軽くおしゃべりしながら⾛るのは、気持ちよかったです。( 際、このコースでは、岩がちな急斜⾯が多くて、あまり横に並んで⾛れるような箇所がな かったのですが。)  
でも、結果として、この挑戦は、やっぱり無謀だったな、と思います。明らかに準備不⾜! ⾛り終わったあと、他の参加者とも話す機会がありましたが、このコースをペアで⾛るの は、ソロで⾛るよりも難しいかもね、という声が多数でした。

体調が悪くなってしまったジェロームさんを⼭⼩屋に残して、⼀⼈で⾛り始めてからは、 彼のことをすごく考えました。 『あぁ、私はすごく冷ただったかなぁ。もっと他の⽅法があったんじゃないか。たとえば、 彼が回復するまで、制限時間ぎりぎりまで⼀緒に待つとか、あきらめるのはまだ早いといっ て励ますとか、⾛る速度をもっと早めにゆるめておいたらよかったとか。』 でも、最終的には、⼆⼈ともリタイヤするよりは、⼀⼈でも最後まで⾛り ぬいたほうがいい、そのために、モチベーションが下がらないうちに出発してよかった、 と思うようにしました。 ゴール地点で、ジェロームさんが体調が悪いにも関わらず待っていてくれた時は、とても うれしかったです。彼は怒っているか、疲れて寝ているかどちらかだと思っていたので。 コースの中では、90キロ付近のMoretan峠が⼀番きつかったです。 永遠に続くような登が終わったと思ったら、今度は、テクニカルな永遠の下り。。。 でも、景⾊も本当に素晴らしかったです。ちょうど2⽇⽬の⽇が昇る頃でした。
2⽇⽬の夜に突⼊したときは、さすがに疲れがでましたが、私、夜⾛るのそんなに嫌いじゃ ないんです。余計なことを考えなくてすむし、静かだからです。 
そして、このレースのランナーやボランティアはとても感じがよかったです。 例えば、エイドで会ったランナーから、こんな⾔葉をかけてもらいました。 『疲れてる、僕もだよ。⾃分のリズムをみつけて焦らず頑張って!GO!GO! それに、景⾊も本当に綺麗。このレースの舞台となっているベルドンヌ⼭脈は、付近の他 の⼭脈と⽐べても独特で、岩がちでとてもミネラルな感じです。 渓流や湖も多いので、疲れた体や⾜をひやすこともできるのもいいところ!
個人的なことを言うと、実はジェロームさんとこのレースに出るということを決める前までは、、あま りランニングができていませんでした。 でも、この企画が決まってから、トレーニングを再開して、今までにないくらい沢⼭⼭歩 きをしたり⾛ったりしました。本格的にトレーニングを再開したのは、ほぼ半年前くらい だったので、果たして間に合うのか、と思いましたが、調整がうまくいって、レースには、 なんとか調⼦をあげることができました。準備している期間は、とても楽しかったです。 おかげで⾛る喜びを再発⾒することができました。 こうやって、レースに参加できるのは、本当に幸せなことなんだな、と思います。 この企画を私に知らせてくれて、ジェロームさんとのコンタクトを勧めてくれた友⼈、⼭ に⼀緒に⾏ってくれた友⼈、⼀緒に⾛ってくれた友⼈、応援してくれた友⼈やすべての⼈ に感謝したいです。 レース期間は、本当に夢のような時間でした。 今年⾛って改善点をたくさんみつけてしまったので、来年は、ソロでまた参加したいと思っていま す!

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「僕のエシャッペ・ベル」が実現するのにいなくてはならなかった方々。 
「ガイジン」である私を信用し、この素晴らしい企画を実現させてくれたりつこさんとMtSN、あ りがとうございました。MtSNを通して日本のトレイルランナーからパートナーを探すという驚き のアイディアのお陰で私もすっかりやる気になってしまいました。 
皆様のお陰で、この素晴らしい場所を訪れ、素晴らしい人たちと出会えることができました。大 会本部の方々、ランナーたち、スポンサー各位、そしてまず誰より先に紗衣さん。 
僕たちが挑むトレイルランは、ストイックで厳しく、また絶望に追い込まれることもありながら も、新しい発見、喜びや最高に幸せな瞬間に満ちている、卓越したスポーツだ。 スポンサーである「レイドライト・ジャパン」と「ミュルバー・アジア」の支援にも感謝した い。こんな特殊な企画に賛同してくれるのは賭けだっただろう。僕たちのようなアマチュアのラ ンナーにとってはとてもありがたいことだった。 
僕と一緒に走りたいと名乗ってくれた皆さんにも感謝の気持ちを伝えたい。5名の方が立候補して くれた。そんなに沢山の人が名乗りでてくれたことが嬉しかったし、どの人も素晴らしかった。 
そしてもちろん、特別の謝辞を送る人はやはりこの人、誰をおいても紗衣さん、あなたです。こ のレースに全く知らない僕と出場するということはチャレンジであり、勇敢であり、そして ちょっと厄介なことだったと思います。 

全ての人に、心からの感謝に意をお伝えしたいと思います。

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